とある定食屋で、昼間っから塩昆布きゅうりをつまみにビールを飲んで、それから豚の角煮定食のごはんおかわり自由を堪能していたときのこと。となりのテーブルのおじさまが食べ終えて、伝票を持ち、出口のレジに向かおうとしたら、すかさず店員が、
「4番テーブルのお客さまお立ちでーす」
と店内に響き渡る声で合図したのです。ん? 「お立ち」? 「お帰り」ではなく「お立ち」? いやいや聞き間違えだろう。
しばらく食事に夢中になり、計算して一口ずつ残した角煮とごはんとお新香を口に入れ、最後に味噌汁で流し込むというクライマックスに突入していると、今度は少し離れた席のおばさまが席を立つ。
「7番テーブルのお客さまお立ちでーす」
うん、絶対言った。絶対「お立ち」って言った。しかもこの店、ホスピタリティもよく、決してアルバイトが敬語を間違えてしまったというようなレベルではなく、このセンテンスはしっかりマニュアル化されているようだ。
で、僕も荷物を持って、伝票を持って、恐る恐る立ち上がってみた。
「3番テーブルのお客さまお立ちでーす」
やっぱりそうだ。これは決まりになっている。
確かに、立った。お客さまは立った。間違いはない。でも、このセンテンスは初めて聞いた。ひとそれぞれ感覚は違うが、失礼に感じてしまったのはなぜだろう。僕だけなのか。
「お立ちです」と言うのであれば、「お立ちになりました」とかっていうのが日本語としては正しいように思うが、そもそもお客さんが立ち上がったことをそのまま表現して伝えるということ自体に違和感を感じる。「そろそろお立ちにになる時間です」とか、「どうぞお立ちになってください」と言うセンテンスはよく使うけど、うーん、どうなんでしょう。「お立ち」というワードからの連想で、僕の頭のなかは、その昔ジュリアナ東京のお立ち台で、ワンレンボディコン爪長ハイヒールの女性が扇子を振って踊っていた映像でいっぱいになる。
さて、ところがところが、レジで支払いを終えて店を出て行こうとすると、なんと今度は、
「お客さまお帰りでーす」
と背中に店員の声が響く。なるほど、もしや。レジにお客さまが向かうことを伝えるときは「お立ち」、支払いを終えて店から出て行くときは「お帰り」なのか。したがって「お帰りでーす」のあとは、ほかの店員がみんなで「ありがとうございまーす」と合唱する。
まあ、店として正確に、迅速に事を運ぶと言う意味ではなかなか考えてはいると思うが、なんともモヤモヤした昼下がりの酔っ払いなのでした。