essay

好きじゃないものを売る?

 好きだと思うものが売れない。売れているものを好きだと思えないことが多いとも言える。
 たとえば、映画。
 たとえば、服。
 たとえば、酒。
 たとえば、タレント。
 そして、歌。
 いいなと思う歌が売れない。いいなと思う歌手が売れない。つまり、売れている歌や歌手がいいと思えることが少ない。

 あくまで僕だけの好き嫌い、感覚であって、批判的なことを言うつもりは毛頭ない。下手なことを言うと各方面からお叱りを受けそうなので、気の小さい僕としてはなるべくネガティブな発言はひかえたいのだが、説明をわかりやすくするためにひとつだけ例をあげると、ここ数年でとても印象的だったのが「ラ・ラ・ランド」。ご存知のとおり、2016年最高の映画のひとつとして大好評を得た。チャゼルの脚本・監督、ライアン・ゴズリングとエマ・ストーンの演技、ジャスティン・ハーウィッツの映画音楽、ミュージカル・ナンバーは大賞賛を受けた。第74回ゴールデングローブ賞ではノミネートされた7部門すべてを獲得し、第70回英国アカデミー賞では11部門でノミネートを受け、6部門を受賞。第89回アカデミー賞では「タイタニック」、「イヴの総て」に並ぶ史上最多14ノミネート(13部門)。監督賞、主演女優賞(エマ・ストーン)、撮影賞、作曲賞 、歌曲賞、美術賞の6部門を受賞した。世界でなんと4億4,600万ドルの興行収入を得ている。すばらしい。
 でも、僕にはぜんぜんわからないんだ。出演者たちの歌も踊りもとてもうまいとは感じられなかったし、そもそも楽曲も振り付けも、もっと言えばストーリーも、なにがいいのか僕にはさっぱりわからなかった。見て損をしたと思った数少ない映画だったと言ってもいい。あー、こんなことを言うと世界を敵にまわしてしまう。
 一応、世の中というかネット上ではみんなどう言っているのだろうと思って調べてみると、なるほど賛否両論のようではある。あー、よかった、必ずしも世界中が拍手喝采なわけではないのね。ただ、僕が感じたこの映画に対する違和感を表現してくれている意見にはなかなか出会えず、いまだに悶々としている。
 どうも昔からミュージカルをたくさん見すぎてしまったようだ。多いのはフレッド・アステアやジーン・ケリーの作品だが、数えてみたら仕事部屋には71本のミュージカル映画があった。実は時間さえあればなんどもなんども見直している。ミュージカルはやはり歌と踊りが上手なミュージカル俳優に演じてもらいたい、と僕は思うわけだ。
 さて、話は「ラ・ラ・ランド」に集中しすぎてしまったが、つまりこのような違和感をいろんな場面で感じてしまうのである。仕事柄、音楽に関しては特に敏感に世の中と自分の感覚のズレに悩むというわけだ。そして、こんな商売をしているからよく聞かれるフレーズ「どんなアーティストが好きなんですか?」に実はとても困る。本気で好きなアーティストの名前を言っても、たぶんあなたは知らない。だって、世の中にはあまり知られていないアーティストばかり好きなんですもん。かと言って、あなたが知っていそうなまあまあ悪くはないなというくらいのアーティスト(ほんと、偉そうな言い回しですみません)の名前をあげてお茶を濁すのも自分が許せない。いつまでもおとなになれずに、アーとかウーとか言って、はっきりしないひとになってしまうのである。

 ということはだ。なにかを作って売るということに関わるうえでは決定的にダメな人間なのではないだろうか。世の中の多くひとの好きと自分の好きが違う。そんな人間が音楽や歌詞をつくっていていいのだろうか。ようやくそんなことに気づきはじめたのがかれこれ10年ほど前。
 それならばだ。自分が好きじゃないと思うものを作れば売れるのではないだろうか? いや、そういう言い方は好きじゃない。売れることはいいことだが、売れればいいってもんじゃない。自分が好きじゃないと思うものを作れば、世の中の多くのひとは喜んでくれるんじゃないだろうか? そう、好きじゃないことばかりをやってみよう。迷ったときは嫌いなほうを選ぶ。好きじゃないひとと、カッコ悪いと思う服を着て、よくなかったと思う映画や本の話をしながら、なんだかなぁと思う音楽を作ってみよう。
 うーん・・・

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