essay

「大丈夫です」コレクションから

 その後、街のなかで数々の「大丈夫です」を集めることができた。
 その後というのは、半年ほど前に、「大丈夫です」を使っても大丈夫ですか?というエッセイを書いて以来ということである。だれかがつぶやく「大丈夫です」が気になって気になってしかたなくなり、「大丈夫です」という言葉が聞こえると、動物の耳が音に反応して動くかのように、僕の耳は敏感に反応するようになった。そしていつしか「大丈夫です」という言葉を収集するコレクターとなった僕は、ときには電信柱の陰に身を潜め、ときには天井裏に忍び込み、ときには女性記者に変身し、数々の「大丈夫です」を集めて標本にした。いまでは、夜中にひとりでこっそり標本を開き、にんまりとするのが至極の楽しみなのである。
 本当はだれにも見せたくないのだが、そんな数あるコレクションから、今回はほんの一部だけご紹介しよう。

 まずは標準的なものから。

「大盛が無料なのですが、いかがなさいますか」
「あ、大丈夫です」

 まあ、これは比較的よく採取できるパターンのひとつだ。この「大丈夫です」を言い換えるとすると、「結構です」といったところだろうか。「結構です」という言葉はあいまいで、「結構ですね」と言えば「Yes」という肯定になるが、ここでは「No」という否定の意味で使うことになる。「いらないです」、「結構です」という否定はかなり強い。いまどきの若者には決して使うことができないので「大丈夫です」に逃げるわけである。大丈夫です値50!

 つづいて少し複雑なものをご紹介する。

「以上でご注文はよろしいですか?」
「あ、大丈夫です」

 一見ごく普通にも感じてやりすごしてしまいそうな例である。この「大丈夫です」を言い換えるとすると、「はい」ということになるのだろうか。非常に単純で短い「はい」というフレーズだ。否定ではない肯定の表現であるにもかかわらず「はい」というたった2文字の回答は、意外にも冷たく感じる。いまどきの若者には決して使うことができないので「大丈夫です」に逃げるわけである。大丈夫です値70!

 最後にご紹介するのはこちら。

「ポイントカードはお持ちですか?」
「あ、大丈夫です」

 これはおもしろい。この「大丈夫です」を言い換えるとすると、「いいえ」ということになる。これも単純な言葉だ。しかも否定形。短くて否定形となると、これはもう強くて冷たくてどうしようもない。ただ問題はここから。だからと言って「大丈夫です」に逃げるところがおもしろい。そして、これで会話になっているところがおもしろい。ポイントカードは持っていないということが伝わってしまう。大丈夫です値90!

 ところで「大丈夫です」を英訳してみるとどうなるのだろうか。「It's okay」「All right」「No problem」「Thank you」などとなるらしい。そう考えてみると「大丈夫です」の幅の広さがわかってくる。「はい」も「いいえ」も「ありがとう」も「結構です」も「要りません」もなにもかも「大丈夫です」でいけちゃうわけである。やっぱり「大丈夫です」はすごい!

 さてさて、そしてきょうも僕はすてきな「大丈夫です」をさがして、西へ東へ旅をつづける。

Copyright (C) 2009 Ryu Sawachi. All Rights Reserved.