essay

偶数偏重

 整理整頓好きな僕が、整理整頓業界でただ一人尊敬しているのが上田さんだ。
 上田さんと話していると、自分はそんなにおかしくないなあと思うばかりか、まだまだだなあと思ってしまう。その清らかさを言葉にするのは難しいのだが、上田さんのデスクには、いつでもパソコン以外なにも置いてないし、どんな時もどんな物もまっすぐに置かれる。美しいだけでなく、無駄がなくシンプルであり、なおかつ必要なものが最短で取り出せるスタイル。しかも自分のかかわるところだけしかこだわらず、それ以外には関心がないというわかりやすさがいい。

 抽象的な言葉ではわかりにくいので、ほんの一例を挙げるとこうだ。
 あるパーティーで、上田さんと僕はホストだった。お帰りの際、ゲストに差し上げるお土産のクッキーが、紙袋に入れられて受付の隣のテーブルに並べてあった。並べたのはスタッフ。とても丁寧に二列に並べられていた。
 しかし、上田さんはその紙袋の並び方をおもむろに直しはじめた。向きがそろっていなかったのだ。紙袋には表と裏がある。その向きが全部一緒ではなかったのである。笑いながら僕もあわてて手伝ったが、とても気持ちがわかる。
 普段僕は気にしすぎると苦しくなるので、なるべくそういうことは気にしないようにがんばっている。でも、上田さんの前だと思いっきり自分の整理整頓病を出せて、とても楽チンだ。

 ある日、そんな上田さんがとんでもないことを言った。
「この数字嫌いだ。奇数は嫌いなんだ。だって割り切れないじゃない。5だけは許すけど」
 なにーっ! そう来たかーっ! でも、なんてよくわかるんだろう。

 たとえば、テレビのボリュームってみんなどうしているんだろう。自分の耳だけを頼りに大きさを決めているのだろうか。僕は違う。19とか27とか33とか奇数の数値になってしまうとどうしても落ち着かない。1メモリ上げたり、1メモリ下げたりして偶数にしてしまう。できることなら20とか30とか10の倍数にしたい。百歩譲って15とか25という5の倍数なら許してもいい。
 実は、楽器のボリュームを決める時や、ミキシングでいろいろな値を決める時も、ほんとはとてもいけないことだと思いながら、どうしても気持ち悪くてついつい偶数にしてしまう。
 風呂の温度だってそうだ。ステレオのボリュームだってそうだ。エアコンの温度だってそうだ。最近はなんでもデジタルだから、なんでもかんでもそうだ。
 唯一違うのは一桁の数字。日本人だからなのかもしれないが、3や7も許せる。

 不思議だ。これは僕だけなのだろうか。いや、上田さんと僕だけなのだろうか。そして、整理整頓好きとなにか関係があるのだろうか。

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