essay

アキバデビュー

 メイドのフィギュアを買った。
 念のために断っておくが、僕はメイドに萌え〜な趣味も、フィギュアにうっとり〜な趣味もない。でも、メイド服のエロかわいいフィギュアを5,000円出して買わなければならない事情があった。はたしてそれを事情と言うのか趣味と言うのかは人によって判断が微妙なところだが、僕は事情だと思っている。
 しかし、この話の一番やっかいところは、こうやって言い訳をすればするほど、なんともいかがわしい臭いがしてしまうところなのだが、決してそのようなことはなく、むしろ涙なしでは語れない友情の物語なのである。と言うと、ますますオーバーでいかがわしい。うん、確かに少しオーバーだが・・・きりがないので話を進めよう。

 最近よく一緒に飲んでいる(たまには、ほんのたまには仕事をすることもあるが)広告代理店の快勝院さんは、その名前の珍しさから、初対面の人に「まるでお寺みたいですね」と言われることが多い。実はその通りお寺の息子だそうである。なんのひねりもないところがとても新鮮なのだが、家業も継がず、家族も置いて、東京に単身赴任。あー、単身赴任というなんとも素敵な響き。それにしても広告代理店の優秀な営業マンにしておくのはもったいない。こんな名前のサッカー選手が日本代表にいたら、今回のワールドカップも決勝リーグに進んでいたかもしれない・・・
 さて、気を取り直して話の続き。その快勝院さんが年甲斐もなく誕生日だと言う。年甲斐のある誕生日がどんなものなのかはよくわからないが、不惑の40歳近くにもなって誕生日パーティーはないだろうと思ったが、話を聞いてみると僕が所属しているプリズムノートの社長で、このエッセイにもよく登場するP-sukeが、日頃お世話になっている快勝院さんのためにサプライズパーティーをしたいと言い出したらしい。ま、ちょっと驚かせて、ちょっとお祝いして、あとは理由はどうでもよくなって、飲めや歌えやのドンチャン騒ぎとなって、明け方タクシーで家にたどり着いて、翌日は寝不足とふつか酔いで苦しむといういつもの飲み会と同じ状態になるのであろう。
 が、しかし、そうは言ってもそれはそれ、ここはひとつ大人のつきあいと言うか、マナーと言うか、やはりプレゼントのひとつも持っていかなければと思うのは当然だろう。かと言って、あまり大げさな物をあげてもかえって気を使わせてしまうし、安っぽい物では失礼になる上、あげるこちらのプライドも許さない。実用的な物は奥さんにまかせればいいし、夢のある物はニキータにまかせればいい。そうなるとあとはやはり笑える物しかない。
 うーん、笑える物、笑える物・・・なんかこう、冗談ぽくて、旬で、印象に残って、でもちょっとおしゃれな物・・・なんだろう? そう言えば、最近仕事の関係で秋葉原によく行くのだが、秋葉原と言えば今や電気街ではなくメイド喫茶。なるほど! そうか! メイド服と言うのはどうだろう? その場で着させてもいいし、持って帰ってからニキータに着させて遊んでもいい。でも、ちょっと待てよ。確かに一瞬盛り上がるかもしれないが、現実には一回も使わずに終わるだろうなぁ。もう少しアートな物はないだろうか? アート、アート・・・そうだ、フィギュアはどうだろう!? メイドのフィギュアなら冗談ぽいが、部屋にも飾れる(かもしれない)。一応日本のフィギュアはアートだろう。

 ってなわけで、だいたいプレゼントと言うものはそういうものだが、勝手に理由をつけて結論を出した。快勝院さんへの誕生日プレゼントはメイドのフィギュアっ!
 晴れがましく、夕暮れ時の秋葉原を歩き始めたが、ここから先が大変だった。そもそもフィギュアなんて買ったことがないからどこへ行けばいいのかわからない。見るからにフィギュアを売ってますという店はいくらでもある。しかし、僕のような初心者が入れる雰囲気の店はなかなかない。ディープな上級者向けの店は避け、中級者向けの店に勇気をふりしぼって入ってみた。
 うーん、なるほど、そうきたかっ、そうなのかーっ!
 で、どうなのかと言うと、まず、ニオイである。ニオイがどうなのかと言うと、つまり、なかなかこんなことは言いにくいのだが、ちょっと臭いのである。なぜっ!?
 このニオイは汗だ。客の汗だ。ガラスの中に飾られたフィギュアを夢中になって凝視しているアキバボーイズたちからは、いかにもあんまり風呂に入ってませーんなニオイがそこはかとなく漂ってくるのだ。ちょっとツラい。
 次に思ったなるほどは、フィギュアの種類である。種類がどうなのかと言うと、当然かもしれないが、かなりいろいろあるのである。そりゃそうだわなぁ。大きさや値段はもちろんだが、僕がさがしているメイド系以外にアニメ系やらセクシー系やらH系やら超H系(つまりほとんど裸ね)やら、そりゃもうその種類と数たるやまさに研究と収集に値するものである。
 もともと気になることだけに凝り性な僕は、一軒や二軒では物足りず、何軒もの中級者向けの店をのぞき、おおよそのフィギュアの種類と値段、店や店員や客層の雰囲気を短時間で急速に勉強していった。
 気がつくといつの間にか上級者向けの店にも足を踏み入れていた。なんとビルの全ての階がその手の店であったり、通常なら箱の中身を見ることができない(つまり開けてみてのお楽しみなわけ)数百円のシリーズを、箱から出して(つまりお好みの物を選べるわけ)高く売っていたり、店員自体がメイドだったり、昨日まで知らなかった世界が僕の頭をいっぱいにした。
 研究と苦悩を重ねること約2時間。ようやく目星はついた。そのメイドフィギュアは、いやらしすぎず、幼すぎず、着すぎず、見えすぎず、高すぎず、安すぎず、大きすぎず、小さすぎず、快勝院さんへの誕生日プレゼントにふさわしい気品と下世話さでそこにあった。
 しかし、またここで新たなる問題が発生した。こんなマニアックな店では、プレゼント用の包装をしてくれないと言う。自分で愛情をこめて包装するという手もないことはない。でも、そのためにはこの気品と下世話さに満ちたメイドちゃんを家に持って帰り、ついでに紙とリボンなんかも買って帰っちゃったりして、鼻歌とか歌いながら包装するのか?
(妻)「あなた、何やってるの?」
(夫)「いや、その、これにはいろいろ事情があって、決して後ろめたいことはないわけで、あのぉ、そのぉ、えーとぉ・・・」
 あー、だめだだめだ。面倒くさい。何かいい手はないだろうか?

 途方に暮れてその店をあとにし、ふらふら歩いていると目の前にかの有名なヨドバシカメラ。いい考えも浮かばないまま、なんの目的もなくぶらっと入ってみると、ん? あれ? なんとこんな正当派の電器屋さんにホビーコーナーがあるじゃないの! どれどれ、ん? あれ? なんとちゃっかりしっかりここにもフィギュア売ってるじゃないの! でもねぇ、まさかねぇ、ん? あれ? なんと堂々とメイドフィギュア置いてあるじゃないの! それにしてもねぇ、あれはねぇ、ん! あれ? ばっちりどまんなか、これだと思ってた物と全く同じ物があるじゃないの! いったい今までの苦労はなんだったんでしょう。最初からここに来ればよかった。はれほれひれはれ。でも、秋葉原を勉強させてもらったし、ま、いっか。
 さっそく目的の物を購入。変な目で見られないかちょっとどきどきしながらレジへ。でもレジのお兄さんも、どちらかと言うとオタクな感じ。うーん、平気平気。えっ? なに? プレゼント用の包装は1階の専門のレジで? ハイハイわかりました。このメイドちゃんを袋に入れてもらってね、ハイハイ、エレベーター降りてね、専門のレジ、専門のレジと。ありましたありました、ここでね。すみません、これをプレゼント用に包装してもらいたいんですけど。えっ! ここの店員さんはなんともフツーなお姉さま。いや、あの、その、友だちの誕生日でねぇー。ま、ジョークっつうか、なんちゅうか。こういう世界ってぇーのがあるんだねぇー、うーん、知らなかったよぉー、ハッハッハッ。
 結局、こんなところで意味もなく饒舌な僕。
 もちろん店員さんはなんの反応もなく、ビジネスライクにこう言う。
「リボンの色は何色になさいますか?」
 お願いだから笑ってみたり、うなずいてみたり、なんか反応してくれよ〜っ・・・!

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