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賢明な対策

 最近の若者は、どうして公共の場にもかかわらず大声で話すのだろう? 電車の中でも、必要以上の声でしゃべり、笑う。しかも、おバカとしかいいようのない内容が多いので、怒りを通り越して、こっちが恥ずかしくなる。
 なんとかならないものか。
 おまけに、平気で地べたに座る。電車の中はもちろん、ホームでも、コンビニの前でも、まわりの状況を考えずに集団で座るので、邪魔でしかたない。
 なんとかならないものか。
 いや、なんとかならないものかなどと他人事のように言っているからいけないんだ。なんとかすればいいんだ。なんとかしなくちゃいけないんだ。それが昔から大人の役目だったはずだ。昔はどこの町にも怖いおやじがいたものだ。

 いつの時代だって、若者は社会性がない上に自己顕示欲が強いものだろう。それでいいと思う。こんなことを言っている僕だってそうだった。ある時はそのパワーが素晴らしいウェーブを起こすこともあるのだが、それでもいけないことはいけないと注意しなければならない。
 とは言え、物騒な世の中。「うぜーんだよ!」とかなんとか言われて、刃物でブスっとやられてしまうのはヤダ。ヤダヤダ絶対にヤダ。そんなことで死にたくないし、まだまだやりたいことはたくさんある。銀座の高級寿司屋でたらふく食べてみたいし、ミラノに行って両手に持ちきれないくらい買い物してみたいし、秋葉原で電気製品を心行くまで買いあさりたいし、あの女の子ともこの女の子とも飲みに行きたい。あー、下世話で申し訳ないっ!
 さて、そんなことはもう何年も前から思っていたのだが、ちっとも実行に移せず、もんもんとしていた。虫の居所が悪い時は、こっそりにらんでみたり、聞こえない程度に「チッ!」なんて内気に舌打ちしてみたりするのが関の山。
 でも、それってよくないとつくづく思う。喧嘩を売る必要は全くないわけである。汚い言葉を使う必要も全くない。カリカリせずに、普段の言葉で、正しいことを言えばそれでいい。
 実はそれが難しい。そうなんだよねー。
 でも、がんばってやってみた。満員の電車で、床に座ってる学生がいたから注意してみた。もちろん「気持ちでも悪いのか」という気づかいも入れてみた。案外うまく言えた。意外と素直に反省してくれた。やればできるじゃーん!
 いやいや、相手が学生だとわかっていたからできたまで。ピアスにタトゥー、ぶかぶかのB系ファッションのお兄さまだったらちゃんと言えるだろうか? ロン毛茶髪に黒スーツのホスト系お兄さまだったらどうだろう? しかも相手が集団だったら?
 言えない言えない、絶対言えない。

 若者の声が大きいことや、地べたに座ることを、すぐに学問的に解明しようとする人がいる。まあ、それはそれでがんばっていただきたいが、自分が若かった頃のことを思うと、そんなに深い考えはなかったと思う。ただの流行。若者らしさの誇示。体制に対する反発。そんな程度。
 詳しいことは覚えていないが、なんかのニュースで見たおもしろい例を思い出した。アメリカのどこかで、腰パンに反発して、おばさんおじさんがみんなで腰パンしちゃうっていう運動。これやられちゃうと、このファッションがダサくなるから、若者たちがしなくなるっていう寸法。うーん、考えたもんだ。

 明日から、みんなで地べたに座って大声で話しましょうか・・・

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