essay

相席

 前回のエッセイで、好きなミュージシャンは安部恭弘と書いた。それから2週間も経たないうちに、偶然ご本人から仕事の電話をいただいた。もちろん初めて。いやいや、これにはびっくり。おったまげた。嬉しかった。
 次は誰を好きだと書こう・・・タトゥーが好きです!・・・ハハハッ!
 そんな嬉しい電話から2ヶ月。

 サッカーのコンフェデレーションズカップの日本対ニュージーランド戦を見るために、夜中の3時まで起きていたり(勝ったから眠くない)、日本対フランス戦を見るために、朝の4時に起きたり(負けたから眠い)、日本対コロンビア戦を見るために、朝の4時に起きたり(やはり負けたから眠い)、今年初めての大きなゴキブリを夜中の1時に我が家で発見したり(同居している母がティッシュペーパーで握りつぶした)、CDデッキからアンプにつながる端子の調子が悪くて頭にきたり(手でおさえていると調子がいいが疲れる)、くじけずにSMAPの新しいアルバムを聴いたり(それからスティーリー・ダンの新しいアルバムを聴いたり)、髪の毛を極端に短く切ったり(もちろん恋に破れたわけではなくただの気紛れ)、宝くじにはずれたり(当たったらここには書かない)、そんなことをしているうちに、気がつくとあっと言う間に季節は春から夏に変わり、梅雨まっただ中。今年も半分が過ぎてしまった。もう7月である。
 街行く女の子たちはノースリーブになり(でも電車の冷房は効きすぎるからカーディガンを忘れずに)、小学6年生になった息子は、6月から学校でプールに入らされ(おかげで風邪を引いた)、僕は相変わらず、エッセイのページをちっとも更新していない。

 こう見えても結構忙しいんだ。

 仕事で山口と高松に行ったり(飛行機に乗り遅れて次の便まで羽田で2時間潰した)、携帯電話を換える研究をするためにカタログを集めたり(今使っているJ-phoneはメールが届くのに2日くらいかかることがある)、ワンルームマンションの電話でのセールスを断ったり(平均1日1本は格闘する)、エッセイのネタをさがしたり(でもなかなかない)、おいしい蕎麦屋に行ったり(あっ、こんなところにネタがあった)。ね。結構忙しいでしょ?

 と言うわけで、その蕎麦屋でのできごと。
 混雑する昼時は相席となることがあるが、その日も4人掛けのテーブル席に座っていた2人の女性のところに、1人のご老人女性が相席となった。正確にはその場面を見ていたわけではないが、そうであったらしい。
 先に食べ終えたそのご老人女性は、テーブルを立つ時に、相席をお願いした2人の女性に、丁寧に、しかもさりげなくお礼の言葉とお辞儀をして出ていかれた。2人の女性も当然のことのようにそれに応える。ほんの一瞬のできごとだった。
 なんかいいなあ。
 きれいな情景だなあ。
 忘れていた日本の礼儀だなあ。
 なくしちゃいけない気持ちだなあ。
 電車の中で平気で化粧しちゃう女の子や、どこにでも地べたに座りこんで邪魔になっている男の子には、想像もつかないことなんだろうなあ。
 でも、そんな若者をつくったのは、大人たちの責任だよねえ。
 こんなことに感動してしまうなんていう世の中がおかしいんだよねえ。

 地下にあったその店を出て、階段を上がろうとすると、きれいに着飾った若い女性が2人、ペチャクチャしゃべりながら降りてきた。2人がやっとすれ違えるくらいの階段を2人で横に並んで。僕はしかたなく階段の下で待つことになる。しかし、すれ違ったその2人は、何も言わずに当たり前のように店に入って行った。ため息をつきながら階段を上がると、ブロンドに青い目をしたスーツ姿の外国人が、僕に道を譲って待っていた。ためらいがちにお礼を言うと、
「どういたしまして」
 と、正確な日本語が返ってきた。
 この国のマナーはどこへ行ってしまうんだろう?

Copyright (C) 2009 Ryu Sawachi. All Rights Reserved.