essay

発車ベルが怖い

 街にはいろいろな雑音が氾濫している。
 店から聞こえてくるBGM、パチンコ屋から聞こえてくる玉の音、車やオートバイのエンジンとクラクションの音、エアコンの室外機の音、満員電車で隣り合わせた青年のイヤホンから漏れてくるシャカシャカ、酔っぱらったおじさんがうんちくを語るダミ声、おばさんたちの笑い声、公共の場で必要以上に大きな声でしゃべる若者達、人がクチャクチャ噛むガムの音などなど、あげればきりがない。

 気になる雑音は数々あれど、その中でどうしても僕には許せないものがある。それは電車の発車ベルである。最近はシャレたジングルのような発車の合図が多く、「ベル」とは言わないのだろうか? だが、このジングルのような発車ベルが、なんとも気に障るのである。
 若い人は知らないかもしれないが、今は懐かしいあの「リーン」と鳴り響く電車の発車ベルは、うるさい、駆け込み乗車を誘発するので危ないなどの理由で、いつ頃からか急激になくなり、現在のオシャレなジングル風発車合図に変わった。それぞれに工夫を凝らし、A線はこの発車ベル、B線はこの発車ベルというような区別があったり、駅によって違ったり、上りと下りで違うものにしたり、どれだけ多くの設備投資と人件費を費やして、このシステムの実現に至ったのかはわからないが、お客様のニーズや、社会の変化に伴って、スピードをもって対応していった努力は素晴らしいことだったと思う。
 しかし、僕は不満だ。上りと下りの電車が同時に発車することだってある。大きな駅ではいろいろな線が同時発車することはもちろん、ラッシュ時ともなるとホームの出入りは頻繁で、常に重なるように到着発車を繰り返している。
 さあ、そうなると大変である。せっかく作った「オシャレな発車ジングル」は、音階を持つがゆえに、それらは不協和音となって、僕のかわいいお耳ちゃんから、知能指数171の頭脳へと届き、「不快感を顔に表しなさい!」という指示が下る結果となる。毎日毎日聞いている駅員さんたちや乗務員さんたちは、気持ち悪くないのだろうか? 関係者のみなさんはあれでいいと思ってらっしゃるのだろうか? 不思議でたまらない。

 京浜東北線の蒲田駅の発車ベルをご存じだろうか。何を隠そう(隠すわけないのだが)「蒲田行進曲」なのである。当然と言えば当然なのだが、あの元国鉄のJR東日本のわりにはなかなか気がきいているじゃないか。しかし!残念ながらこの発車ベルも、上りと下りの電車の発車が重なるときは、もう大変なことになってしまう。
「これはロシアあたりの現代音楽かー?」
 と思わせるほど、それはそれは複雑怪奇なハーモニーとなって、もう朝の眠い時に聞いちゃったりすると、頭ん中ぐわんぐわんして、気絶しそうになる。

 もうひと工夫あると、とってもうれしいんです。私鉄の発車ベルの中には、なんと言えばいいか、「ピロピロピロピロー」(表現が下手でスミマセン)なんて言う、あまり音階のない優しい音を使っているところもありますしね。
 最近僕は、電車が駅に到着するたびに発車ベルが怖くておろおろしてしまいます。
「おい、となりのホームに電車がくるなよ!」
「バカバカ、早く発車しないと発車時刻が重なってしまうぞ!」
 なんて、ひとり目を泳がせて、耳をふさいだり、頭を抱えたりしている大のオトナって、すっげー情けないっす。

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